これまで私は返信が遅い人間として生きてきた。
頭の中で返信を考えて返信した気になってしまい返し忘れてしまうこともあれば、単純に面倒だとか気が向かないだとかそんな理由も多くあった。
だいたい1週間以内に返信すればいいやと思っており、気が向いた時を逃すと1ヶ月を超えてまた気が向いた時に返すこととなる。気が全く向かない内容の場合そのまま返信をせずに連絡を断った人もいる。
しかし、2022年に入ったあたりから連絡を見たらすぐ返信をするよう心がけるようになった。
すると、今まで考えていたよりもずっと、返信が遅いと損をしていることに気が付いた。
返信が遅い人間と返信が早い人間、両者の気持ちのわかる私が表題について経験を踏まえて説明したい。独自の視点であり医学的な根拠はない。
正直この記事を書いた後で上げるかどうか一年以上悩んだほど私にとっては大きなテーマである。
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損をしている理由の目次
- 信頼を失っている
- 仕事ができない
- 許されているわけではない
- 期待されていない
- 人が離れていく
- 低い評価を受けている
- 自己評価も低い
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理由1.信頼を失っている
端的に言えばこれだ。せっかちな人はもうここで読むのをやめてもらっても構わない。返信が遅いことで人としての信頼を失っている。
●不誠実
返信が遅いことで「この返信ひとつとっても不誠実(真剣に向き合わない)で、有事の際も、その他のことに対してもきっとそうなのだろう」と周囲に思わせていることになる。
つまり、"その程度の人" なのだと思わせている。
例え、あらゆることに真剣に取り組み完璧にこなしているとしても、返信が遅いだけで誠実さが感じられないということだ。
理由2.仕事ができない
返信が遅い人間は仕事ができないというのは非常に有名な事実だ。なぜ仕事ができないと言われるのか。
●仕事が進まない
仕事というのは人と人で成り立っていることだ。承認を得なければならないこと、確認を取りたいこと等あるが、それらに対し返信の遅いせいで仕事は進まないため、仕事ができないのは当たり前のことである。
会社に所属していれば仕事ができなくて困った人ということになる。
社内でも取引先でも顧客にも仕事ができない人/困った人というレッテルを貼られる。
●信頼されない
どこに返信が遅い企業と取引したいと思う企業がいるだろうか。どこに返信が遅い会社の顧客になりたいと思う人がいるだろうか。
言ったことに対してすぐに行動を起こしてくれたり、何かあればすぐに伝えてくれる企業と関わりたいと思うだろう。
仕事において返信が遅いことは投げやりなことに他ならない。やはり不誠実ということだ。
理由2.許されているわけではない
これまで私は「返信が遅くても許してくれるだろう」という甘い考えを持っていた。しかし、返信が遅い人間とやりとりしている相手は許しているわけではないと考える。
主に下記のどれかだと推測する。
⑴ 呆れている
⑵どうでも良いと思われている
⑶ 相手も返信が遅い人間
理由3.期待されていない
「あなたの返信が遅くても全く気にしません!」と本心から言う人は⑵どうでも良いと思われていると⑶相手も返信が遅い人間のどちらかに該当する人だと考える。⑶については後述する。
なぜならば "話したい人" の返信が遅くて気にしない訳がないからである。
返信が来るなら何でも良いなんてことは、憧れの存在や過酷な地に行った相手くらいのもので、ただの知人の返信が遅いときに「あなたの返信が来るだけで良いんです!」とはならない。
友人であれば大抵話したくて連絡をしているわけだから返信が遅ければ話したいという欲求が満たされない。
つまり、返信が遅いとわかっているのに連絡を取る酔狂な人は返信が来なくてもいいやくらいの気持ちでいるということだ。
「返信が来ても来なくてもどっちでもいいや」と、その程度の存在だと思われている。
⑴呆れているのか、⑵どうでもいい存在なのかはさておき、とにかく返信が遅い人間と連絡をとる相手は返信が遅い人間に期待をしていないことに他ならない。
理由4.人が離れていく
現実、私の仲の良い友人は⑶の返信が遅い人間がかなりの割合を占めている。
その理由として自分と同じように返信が遅い人間に対しては罪悪感がなく連絡しやすいため仲が良いということもある。
もうひとつの理由は重大で、返信の遅さに失望されて、だんだん相手にとってどうでもいい存在となり周囲の人が離れていっている状態だからだ。
不誠実な人と親しい付き合いを続けたいと思うのは同族と、酔狂な人間くらいである。
理由5.低い評価を受けている
酔狂で返信が遅くない友人たちは、返信の遅い私に呆れかえっている。
彼らに返信をすれば「生きてたんだ」と言われる。
お決まりのように「生きてる生きてるー!」なんて返していたが、どう考えても低い評価を受けている。
付き合いを続けてくれてはいるが「あいつはほんとダメなやつだな〜」と心の中で思っていることは言わずもがな。直接伝えてくる友人もいる。
そしてその評価は全く間違いではない。
後述するが、返信が遅い人間は低い評価を受けて当然の人間である。
理由6.自己評価も低い
返信が遅いこと=良いこと だと思っている人はいないだろう。
返信が遅い人間も、口では何と言っていても本当は良くないことだと知っている。知った上で開き直っている。
完全に開き直れるタイプと多少なりとも罪悪感を感じているタイプがいるだろう。前者なら本項は関係ないが、多くの人は罪悪感を感じているタイプだろう。
この罪悪感という部分が自己評価や自己肯定感という人生のテーマに大きく関わっている。
●自己評価が下がるサイクル
罪悪感を感じて「良くないと思いながらこんなことをしているなんてダメな人間だ…」という思考になるとする。
罪悪感を感じる行為を繰り返すと、随所でこの「自分はダメな人間だ」思考が出てきて自己評価を下げ、自己否定してしまう。
もう少し噛み砕くと、まず、日常的に返信が遅いことにより「返信が遅い私」というダメな自分が常に頭をついて回る。「私は返信が遅いダメな人間なんだ」と無意識に思っているということ。
他にも「よく遅刻をする私」だとか「洗濯物をためる私」だとか「歩きスマホをする私」だとか罪悪感を感じている、様々な全てのダメな自分が頭をついて回っている。
そしてダメな自分がいる分だけ無意識のうちで自分の評価が下がっていく。「どうせ私は(返信が遅いし、遅刻もするし、洗濯物もためるし、歩きスマホもするし)ダメな人間だから…」となる。
極端な例を言えば、「人を殺めたことのある私なんて幸せになってはいけません…」と近しいことが脳内で起こっている。
大罪
ここまでは私が考える、損をする理由を説明してきた。これより私の思いをまとめてみる。
何がきっかけか忘れたが一念発起し、見たら返信することを心がけるようになった。まだ10割ではないが7,8割は叶えられている。(←2022年6月時点。2023年1月現在は9割になった。シンプルド忘れがよくあるので10割は難しいがなるべく近づけたい。)
そして気がついたのは、返信が遅いことはかなりの大罪ということ。
返信が遅かった時は相手の返信が遅いことに悲しい気持ちになっても「自分も遅いし人のこと言えないな」と考えて不満を飲み込んでいた。
しかし返信が早くなった今となっては、まず返信がこないことで私はこの人にとってどうでもいい存在なのだなと感じる。もしくは遅くとも許されると高を括って舐めているのだなと感じる。つまるところ私のことを蔑ろにしている(軽んじている)ことに他ならない。なんと腹立たしく悲しいことか。
逆に言えば、これまでの私はやり取りをしたことのある人全てを蔑ろにしていたことになる。「そんなことない」と自己を正当化したいのが人間であるが、私はそれをしない。実際のところ私は大した自覚もなく「許されるだろう」と周囲の人間を軽視していたのだ。本当に申し訳なくて、そんな人間だったことが恥ずかしくて消えてしまいたい。失った信頼を取り戻すのは難しい。
そして、全員を蔑ろにしてきた私の周りには私を蔑ろにする人ばかりという状態になっている。まさに因果応報で、"人は鏡"が服を着て歩いているようだ。
もし、周囲から大切にされたいと思うならばまず自分が周囲を大切に扱うという話である。
最悪のパターン
一番悪質なのはLINE等の未読無視である。既読がついていればまだ良い方だ。
既読をつけていないから返事の遅い言い訳がいくらでもきくと思って、読んでいたりわかっている癖に返事をしない。死ぬほど狡い人間だ。かくいう私も数えきれないほどやっていたわけだが。
既読無視をしたくないけど返事ができないなら「今考えられないから後で返す!」と送るだけで済む。これを送るだけで誰も怒らないのに見なかったことにすることで誰かを怒らせている。
最も嫌になるのは予定を決めている最中や何かが差し迫って返答を求めている最中に未読無視をされることだ。最近の私は差し迫った予定を決めている最中に未読無視をされると(他のSNSで発見したり見ていない時間が明らかに長すぎたりすると)その予定をなかったことにして行かないようにしている。私を蔑ろにする相手との予定に行く価値を感じないからだ。
ちなみに雑談をしていて話が終わりだという意味での既読無視は全く構わない。
逆ギレ御免
返信が遅いことにおいては100%の割合で返信の遅い人間が悪い。100%悪い人に対して甘く接する理由はないので、返信の遅い友人にマイナス感情を抱かれて縁を切られても喧嘩になっても全く構わない。
そんな友人はこれからの私の人生には不要である。
私は返信が遅い人間を、遅かった過去の自分を適切に批判したい。
犯した罪は消えないので私は大罪人で全く構わない。これから同じ罪を犯さないように努めるだけである。
返信の遅い友人へ
いるかもしれないドキッとしている私の友人たちに伝えたいことは、本記事が「返信が遅いのを治してください」の意味ではないことだ。
たしかに返信が早くなるのは、それはもうありがたい限りだが、そこが真意ではない。
「返信が遅いと人生めちゃくちゃ損してるし、自分の価値を下げてるから治すのがおすすめ」くらいの気持ちである。つまり好きな本をおすすめするように返信を早くすることをおすすめした、ということだ。
「返信が遅いのどうにかしてよ」なんて文句は恋人と取引先くらいにしか言う気はない。
人はそう簡単に変わらないので改善させようとするだけ労力と期待の無駄だと思っているし、その人のやりたいように生きれば良いと思う。
ただ、蔑ろにされていると感じた私が離れていくだけのことである。
嫌いになることもない。"積極的に関わらないことに決めた友人"という存在に変わるだけだ。
これから私は仲の良い友人を失っていくことになるが、自分の価値を下げないためであるが故にこの部分を譲ることはできない。
友人の返信が早くなる時が来たらまた仲良くしようと思っている。
人生を振り返り過去の自分を否定し苦しくなりながら時間をかけて書いた。いわば血で書いたこれを残すことにした。もう犯さないように。